AI Governance 2026年8月27日

第2回 業務AIは何を見ているか — 「学習されない」の正確な範囲

業務AI安全利用ガイド第2回。Microsoft Copilot の参照3系統、環境とアカウントで変わるデータの扱い、「基盤モデルの学習に使われない」が何を保証しないのか、残るのは権限と習慣のリスクという整理。

難易度前提知識ゼロでも読めます種別学習コース

この回のキーメッセージ

企業向けの保護があることと、何を入力してよいかは別の問題。

よくある4つの言い方は、どれも正確ではない

  • 「AIに入れたものは全部学習される」
  • 「法人向け製品なら安心」
  • 「設定さえすれば安全」
  • 「社内のデータを勝手に見られる」

どれも まったくの嘘ではないが、そのままだと判断を誤る。順に正確にしていく。

1. 業務AIは3系統から材料を集めている

Microsoft Copilot(旧 Microsoft 365 Copilot)のような業務AIは、単なるチャットAIではない。回答の材料にできる情報源が複数ある。

系統何を参照するか後で効いてくる論点
社内データSharePoint / OneDrive / Teams / Outlook(Microsoft Graph 経由)権限と過剰共有(第5回)
添付ファイルその場でアップロードした見積書・案件管理表など未承認AIへの持ち出し(第3回)
Webの公開情報検索経由の外部情報外部から来る指示の混入(第6回)

社内データの参照は 既存のアクセス権に従う。Microsoft の公式ドキュメントは「Copilot は個々のユーザーが少なくとも閲覧権限を持つ組織データしか提示しない」と明記している。

そして、参照できる範囲はライセンスで大きく変わる。会社アカウントかどうかだけの話ではない。

Microsoft Copilot(有償ライセンス)Microsoft Copilot Chat
社内データへのグラウンディングファイル・会議・メール・チャットを対象にできる既定では対象外。Webのみにグラウンディングされる
社内データを使う方法チャットから直接参照できるプロンプトへの貼り付け・ファイルのアップロード、Teams / Outlook で開いているコンテンツ、従量課金エージェント経由に限られる
企業データ保護対象対象

つまり Copilot Chat は「参照範囲が狭い」のではなく、そもそも組織コンテンツにグラウンディングされない(利用者が明示的に渡した分だけを扱う)という設計になっている。どちらのライセンスかを知らないまま「Copilot は社内のことを何でも知っている」と思い込むと、期待値も警戒の向きもずれる。

なお Microsoft は 2026年8月時点で、Microsoft 365 Copilot を Microsoft Copilot へ、Microsoft 365 Copilot Chat を Microsoft Copilot Chat へ改称 している。移行期のため画面やライセンス表記に旧名称が残ることがあるが、セキュリティ・コンプライアンス・プライバシーの扱いに変更はない。

Web検索を使うときの例外

プロンプトから短い検索クエリが作られて Bing 検索サービスへ送られる。ここは押さえておく価値がある。

  • 送られるのは生成された検索クエリだけ — プロンプト全文、Microsoft 365 のファイルやアップロードしたファイルの中身、Entra ID に基づく識別情報(ユーザー名・ドメイン・テナントID)は含まれない
  • ユーザー・テナント識別子は除去して送信される。Bing の改善や広告プロファイル、生成AIの基盤モデル学習には使われない
  • ただし Bing 検索サービスは Microsoft 365 とは別に運営され、データの取り扱いが異なる。生成された検索クエリには DPA(データ保護補遺)・EU Data Boundary・HIPAA が適用されない
  • 生成された検索クエリ自体も、監査・eDiscovery の対象にできる

業務AIの価値は社内の文脈を踏まえて答えられることにある。だからこそ、何を見ているのかを知っておく必要がある。

2. データの扱いは環境とアカウントで変わる

以下は製品の優劣を比べる表ではない。どの軸を確認すべきか を示すための整理だ。

確認軸個人契約・個人アカウントでの利用会社が承認した企業向け環境
会社の承認ない(または不明)ある
基盤モデルの学習サービスと契約・設定によるプロンプト・回答・Graph 経由の組織データは基盤モデルの学習には利用されない、とされている
ログ・監査会社の監査・保持・削除管理の対象外Microsoft 365 内に保存され、監査・eDiscovery の対象にできる(権限・ライセンス・保持ポリシーに依存)
社内データ参照できない本人の権限の範囲で可能(ライセンスにより範囲が変わる)
事故時の追跡困難会社の管理下で追跡できる(同上の依存あり)

読むときの注意が2つある。

  • 「一切追跡できない」とは言えない — 提供元側にログが残る場合はある。正確には「会社の正式な監査・保持・削除管理の対象外になり、追跡が困難になる」。なお承認済み環境側では、管理者が Content search や Microsoft Purview で保存データを確認でき、Copilot の対話に保持ポリシーを設定できる
  • 「全部ログで追える」とも言えない — 監査・eDiscovery の対象に できる のであって、閲覧権限・ライセンス・保持ポリシーに依存する

同じサービス名でも、個人契約か法人契約か、個人アカウントか会社アカウントかで中身は変わる。だから 覚えるのは製品名ではなく、承認・契約・アカウント・ログという確認軸のほう になる。

3. 学習されないことと、自由に入力してよいことは別

ここが最も間違えやすい。

企業向けの保護がある ≠ 何でも入力してよい

二段構えで理解する。

  1. プロンプト・回答・Graph 経由の組織データは、基盤モデルの学習には利用されない(公式ドキュメントの明記事項。任意のフィードバックを送った場合も、それが基盤モデルの学習に使われることはないとされている)
  2. ただしこれは、どの個人情報でも自由に入力してよいという意味ではない。会社の個人情報取扱規程、利用目的、アクセス権限、情報分類にはそのまま従う

例外も押さえておく。

  • Web検索を使うとき — プロンプトから作られた検索クエリが Bing 検索サービスへ送られ、そちら側は別のデータ処理条件になる(前節のとおり DPA・EU Data Boundary・HIPAA は適用されない)
  • エージェントを使うとき — そのエージェント個別のプライバシー声明と利用条件を確認する

採用情報や人事情報も同じで、「学習されないから入れてよい」ではなく、取扱ルールの範囲内かを別に確認する

4. 業務AIで残るのは、権限と習慣のリスク

一般的な生成AIでは「入力がモデルの改善に使われるかもしれないので、オプトアウト設定を確認しましょう」という話になる。企業向け環境ではその論点の重みが小さくなる。ではもう安心かというと、そうではない。論点が入れ替わる だけだ。

残るリスク内容扱う回
外部流出未承認AIや個人アカウントへ業務データを出してしまう第3回
過剰な権限全社公開のまま放置された資料をAIが見つけてくる第5回
行動・習慣「AIには顧客情報を貼ってよい」という雑な文化が定着するこの回

3つ目が見落とされやすい。会社の中で「承認済みのAIには何でも入れてよい」という空気ができると、社員は 承認済みAIと他のAIの区別をしなくなる。「いつもAIに顧客情報を入れているから、これにも入れていいだろう」という行動につながる。制度の問題ではなく、習慣の問題として起きる。

重要なのは、データを学習されることよりも、見えてはいけない情報が見える状態になっていないか と、何でもAIに入れる習慣を作らないこと

5. この回のまとめ

  • 業務AIは社内データ・添付ファイル・Web の3系統から材料を集める。社内データの参照は既存の権限とライセンスの範囲に限られる
  • データの扱いは製品名ではなく、承認・契約・アカウント・ログという軸で確認する
  • 「基盤モデルの学習に使われない」は範囲を限定した事実であり、入力してよい情報の範囲を決めるものではない
  • 企業向け環境で残るのは、外部流出・過剰な権限・習慣の3つ

出典

本記事の Microsoft Copilot に関する記述は、以下の公式ドキュメントで確認している(最終確認: 2026年8月27日)。仕様は更新されるため、判断に用いる際は最新版を参照してほしい。

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