第2回 業務AIは何を見ているか — 「学習されない」の正確な範囲
業務AI安全利用ガイド第2回。Microsoft Copilot の参照3系統、環境とアカウントで変わるデータの扱い、「基盤モデルの学習に使われない」が何を保証しないのか、残るのは権限と習慣のリスクという整理。
この回のキーメッセージ
企業向けの保護があることと、何を入力してよいかは別の問題。
よくある4つの言い方は、どれも正確ではない
- 「AIに入れたものは全部学習される」
- 「法人向け製品なら安心」
- 「設定さえすれば安全」
- 「社内のデータを勝手に見られる」
どれも まったくの嘘ではないが、そのままだと判断を誤る。順に正確にしていく。
1. 業務AIは3系統から材料を集めている
Microsoft Copilot(旧 Microsoft 365 Copilot)のような業務AIは、単なるチャットAIではない。回答の材料にできる情報源が複数ある。
| 系統 | 何を参照するか | 後で効いてくる論点 |
|---|---|---|
| 社内データ | SharePoint / OneDrive / Teams / Outlook(Microsoft Graph 経由) | 権限と過剰共有(第5回) |
| 添付ファイル | その場でアップロードした見積書・案件管理表など | 未承認AIへの持ち出し(第3回) |
| Webの公開情報 | 検索経由の外部情報 | 外部から来る指示の混入(第6回) |
社内データの参照は 既存のアクセス権に従う。Microsoft の公式ドキュメントは「Copilot は個々のユーザーが少なくとも閲覧権限を持つ組織データしか提示しない」と明記している。
そして、参照できる範囲はライセンスで大きく変わる。会社アカウントかどうかだけの話ではない。
| Microsoft Copilot(有償ライセンス) | Microsoft Copilot Chat | |
|---|---|---|
| 社内データへのグラウンディング | ファイル・会議・メール・チャットを対象にできる | 既定では対象外。Webのみにグラウンディングされる |
| 社内データを使う方法 | チャットから直接参照できる | プロンプトへの貼り付け・ファイルのアップロード、Teams / Outlook で開いているコンテンツ、従量課金エージェント経由に限られる |
| 企業データ保護 | 対象 | 対象 |
つまり Copilot Chat は「参照範囲が狭い」のではなく、そもそも組織コンテンツにグラウンディングされない(利用者が明示的に渡した分だけを扱う)という設計になっている。どちらのライセンスかを知らないまま「Copilot は社内のことを何でも知っている」と思い込むと、期待値も警戒の向きもずれる。
なお Microsoft は 2026年8月時点で、Microsoft 365 Copilot を Microsoft Copilot へ、Microsoft 365 Copilot Chat を Microsoft Copilot Chat へ改称 している。移行期のため画面やライセンス表記に旧名称が残ることがあるが、セキュリティ・コンプライアンス・プライバシーの扱いに変更はない。
Web検索を使うときの例外
プロンプトから短い検索クエリが作られて Bing 検索サービスへ送られる。ここは押さえておく価値がある。
- 送られるのは生成された検索クエリだけ — プロンプト全文、Microsoft 365 のファイルやアップロードしたファイルの中身、Entra ID に基づく識別情報(ユーザー名・ドメイン・テナントID)は含まれない
- ユーザー・テナント識別子は除去して送信される。Bing の改善や広告プロファイル、生成AIの基盤モデル学習には使われない
- ただし Bing 検索サービスは Microsoft 365 とは別に運営され、データの取り扱いが異なる。生成された検索クエリには DPA(データ保護補遺)・EU Data Boundary・HIPAA が適用されない
- 生成された検索クエリ自体も、監査・eDiscovery の対象にできる
業務AIの価値は社内の文脈を踏まえて答えられることにある。だからこそ、何を見ているのかを知っておく必要がある。
2. データの扱いは環境とアカウントで変わる
以下は製品の優劣を比べる表ではない。どの軸を確認すべきか を示すための整理だ。
| 確認軸 | 個人契約・個人アカウントでの利用 | 会社が承認した企業向け環境 |
|---|---|---|
| 会社の承認 | ない(または不明) | ある |
| 基盤モデルの学習 | サービスと契約・設定による | プロンプト・回答・Graph 経由の組織データは基盤モデルの学習には利用されない、とされている |
| ログ・監査 | 会社の監査・保持・削除管理の対象外 | Microsoft 365 内に保存され、監査・eDiscovery の対象にできる(権限・ライセンス・保持ポリシーに依存) |
| 社内データ参照 | できない | 本人の権限の範囲で可能(ライセンスにより範囲が変わる) |
| 事故時の追跡 | 困難 | 会社の管理下で追跡できる(同上の依存あり) |
読むときの注意が2つある。
- 「一切追跡できない」とは言えない — 提供元側にログが残る場合はある。正確には「会社の正式な監査・保持・削除管理の対象外になり、追跡が困難になる」。なお承認済み環境側では、管理者が Content search や Microsoft Purview で保存データを確認でき、Copilot の対話に保持ポリシーを設定できる
- 「全部ログで追える」とも言えない — 監査・eDiscovery の対象に できる のであって、閲覧権限・ライセンス・保持ポリシーに依存する
同じサービス名でも、個人契約か法人契約か、個人アカウントか会社アカウントかで中身は変わる。だから 覚えるのは製品名ではなく、承認・契約・アカウント・ログという確認軸のほう になる。
3. 学習されないことと、自由に入力してよいことは別
ここが最も間違えやすい。
企業向けの保護がある ≠ 何でも入力してよい
二段構えで理解する。
- プロンプト・回答・Graph 経由の組織データは、基盤モデルの学習には利用されない(公式ドキュメントの明記事項。任意のフィードバックを送った場合も、それが基盤モデルの学習に使われることはないとされている)
- ただしこれは、どの個人情報でも自由に入力してよいという意味ではない。会社の個人情報取扱規程、利用目的、アクセス権限、情報分類にはそのまま従う
例外も押さえておく。
- Web検索を使うとき — プロンプトから作られた検索クエリが Bing 検索サービスへ送られ、そちら側は別のデータ処理条件になる(前節のとおり DPA・EU Data Boundary・HIPAA は適用されない)
- エージェントを使うとき — そのエージェント個別のプライバシー声明と利用条件を確認する
採用情報や人事情報も同じで、「学習されないから入れてよい」ではなく、取扱ルールの範囲内かを別に確認する。
4. 業務AIで残るのは、権限と習慣のリスク
一般的な生成AIでは「入力がモデルの改善に使われるかもしれないので、オプトアウト設定を確認しましょう」という話になる。企業向け環境ではその論点の重みが小さくなる。ではもう安心かというと、そうではない。論点が入れ替わる だけだ。
| 残るリスク | 内容 | 扱う回 |
|---|---|---|
| 外部流出 | 未承認AIや個人アカウントへ業務データを出してしまう | 第3回 |
| 過剰な権限 | 全社公開のまま放置された資料をAIが見つけてくる | 第5回 |
| 行動・習慣 | 「AIには顧客情報を貼ってよい」という雑な文化が定着する | この回 |
3つ目が見落とされやすい。会社の中で「承認済みのAIには何でも入れてよい」という空気ができると、社員は 承認済みAIと他のAIの区別をしなくなる。「いつもAIに顧客情報を入れているから、これにも入れていいだろう」という行動につながる。制度の問題ではなく、習慣の問題として起きる。
重要なのは、データを学習されることよりも、見えてはいけない情報が見える状態になっていないか と、何でもAIに入れる習慣を作らないこと。
5. この回のまとめ
- 業務AIは社内データ・添付ファイル・Web の3系統から材料を集める。社内データの参照は既存の権限とライセンスの範囲に限られる
- データの扱いは製品名ではなく、承認・契約・アカウント・ログという軸で確認する
- 「基盤モデルの学習に使われない」は範囲を限定した事実であり、入力してよい情報の範囲を決めるものではない
- 企業向け環境で残るのは、外部流出・過剰な権限・習慣の3つ
出典
本記事の Microsoft Copilot に関する記述は、以下の公式ドキュメントで確認している(最終確認: 2026年8月27日)。仕様は更新されるため、判断に用いる際は最新版を参照してほしい。
- Data, Privacy, and Security for Microsoft Copilot — 基盤モデル学習への不使用、閲覧権限の範囲、保存データと Purview
- Data, privacy, and security for web search in Microsoft Copilot and Microsoft Copilot Chat — 生成される検索クエリ、Bing 側の扱い
- Overview of Microsoft Copilot Chat — Copilot と Copilot Chat の違い
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